2007年10月29日
ムツゴロウさんの生い立ち
すごい人なんですね。
びっくりしました。あんなに頭あったかそうなのに、東大卒。すごい
福岡県福岡市生まれ。その後父が満州国に医師として赴任したため、幼年時代を満蒙開拓団の村で育つ。太平洋戦争のさなかに兄の受験に同行して帰国、中学、高校時代を父親の郷里である大分県日田市で過ごす。この間、終戦を迎え、満蒙開拓団の幼馴染はほとんどソ連軍の攻撃を受け集団自決で死亡、両親と弟だけが必死の逃避行の末帰国を果たす。このことにより、両親と生死を共にした弟と、日本で安全に暮らしていた自分との間に深い溝を感じるようになり、また幼馴染をほとんど全て集団自決で亡くしたことによる、根深い人間不信、人間嫌いの心情を抱くようになったことを、自分自身の随筆やインタビュー記事で告白している。これは、元来の自然史好きの傾向にくわえて、コンラート・ローレンツとの対談で自らを「クレイジー」と言わしめるほどの動物好きに傾斜していったことと無関係ではないかもしれない。
学業
大分県立日田高等学校から東京大学理科2類に現役で合格。教養学部前期課程時代は駒場寮に住み、数匹の犬を飼っていたが、その犬が東大駒場寮寮生ら(亀井静香等)により勝手に学園祭で食用として食われてしまったと自身のエッセイで告白している。駒場寮廃寮問題が持ち上がったとき、「あんな汚い物いち早く潰してしまうべき」と率先して廃寮に賛成。余り良い思い出は無いようである。
当時の理科2類は現在の理科3類を含んでいたため、父からは医学部医学科への進学を望まれていたが、理学部動物学科に進学するか文学部哲学科に傍系進学するか悩み、結局父に無断で理学部動物学科を選択し、動物学を専攻。学部卒業後に大学院理学系研究科修士課程に進学してアメーバの生理学的研究に携わり、この頃、日本における動物行動学の草分けである日高敏隆や、ピジョンミルクの研究で東大の研究室に出入りしていた常陸宮正仁親王とも親交を持つ。しかし、研究の途上で文学の世界で生きるか、研究者の世界で生きるか悩み、自殺寸前まで精神的に追い詰められ、恐らくは未修了のまま逃げるように研究室から姿を消す(本人は書類上修了になっているか未修了になっているのかを確認していない)。
就職
その後学習研究社の映像部門に就職し、理科関係を中心に学習映画などの作成に携わる。(ムツゴロウという綽名は、学研時代、徹夜で仕事をしている姿が魚のムツゴロウに似ていたことから命名されたと言われていたが、実際はムツゴロウシリーズを出版する際出版社が名付けたと自著で告白。学研時代の綽名は専らセンセイであった。)しかし、社の成長による巨大企業化と、それによる社風の変質を嫌い、社長に直訴状を送って退職。文筆業に専念することになる。文壇では北杜夫に傾倒し、彼の作品を何度も肉筆で筆写して文体を修行した。のちに無人島に移住した際には、事前にわざわざ北杜夫に手紙を出して報告したとの逸話もある。
引用:『ウィキペディア(Wikipedia)』
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